はこだて散歩日和(パッチワーク日和)

おみやげのデザイン

とっても私好みの本です。
お土産にするときには 味はもちろんですが 
「包装」も大切なポイントだと思います。

この本の中には 日本中の お菓子・ジャム・加工品・飲料など
156の商品が写真付きで紹介しています。

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「明がらす」こちらは岩手県遠野市のまつだ松林堂のものです。
旅行で大館市で違うお菓子屋さんの「明がらす」を買い求めました。
このお菓子のクルミの切り口が
「明け方の空を飛ぶ八咫烏(やたがらす)に見えるそうで」
この名前が付いたそうです。
私の記憶の中では「やたら甘い」記憶しかありませんが
本の中で見つけて嬉しかったです。

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函館から車で2時間ほど 日本海側にある「江差町」の
五勝手屋の丸缶羊かんは 下から押し出して 付いている糸で切って食べます。
手が汚れないように工夫しました。
甘さ控えめで この「羊かん」私は好きです。
昔から変わらない「レトロ」なパッケージです。

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小豆島の手延べそうめん ゆで方の説明付きです。
ユーモアセンスのあるイラストですね。

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こんな可愛い筒に入っていると「そうめん」もよそ行きの表情。

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金沢のかわいい ふ (おかざり2ケ入り)
さすが金沢 こんなに可愛いと「お土産」にしたくなります。
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この本の中で 私の一番人気は
熱海の 熱海プリン(シロップ付き) この箱の形が宅配の牛乳箱です。
レトロさが おしゃれに見えます。

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静岡県菊川市  松丸製茶(株) のお茶請け菓子「あん丸」
四角い箱の中には 
一口サイズに丸めた四色のこし餡をすり蜜でコーティングしたものが
「五粒」入っています。

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静岡県沼津市 (有)ペルル MARAIS(2オクターブ)
プレーンとショコラの フィナンシェをピアノのパッケージに・・・・。
箱を開けた時の感動が聞こえてきそうです。

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三重県桑名市(株)山盛堂本舗
あられ・おせんべいのパッケージには見えません。
ポップなデザイン 書かれている絵を見ながら食べたいです。

この本に紹介している全ての商品ではありませんが
通販やインターネットで買うことができます。

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最後はお嫁さんからの「札幌土産」
株)アニバーサリーの マドレーヌです。
栗は丸ごと一個入り オレンジは皮も入っていて
とっても美味しかったです。

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大丸札幌店でも売っています。
それぞれのイラストが可愛いので 捨てるのが勿体なくて
本の「栞」にしています。

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ひとりじゃなかよ

=ひとりじゃなかよ=   西本喜美子著 2016年7月第1刷発行

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NHK Eテレ 賀来千香子さん司会の あしたも晴れ 人生レシピで
この方を紹介していました。

みかんの干からびた皮を
「私の宝物。形がきれいで すごく好き」と言っていました。

その言葉に興味をもって 本を借りました。
72歳で初めてカメラを持ちます。
74歳でパソコンを購入 ホームページを自作するまでに・・・・。
今89歳です。
この様な元気で前向きな人生の先輩を拝見すると嬉しいものです。

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この玉ねぎの写真を 地元のコンクールに出したら
「こんなのは写真じゃない」って・・・・・。
でも先生が「いい写真だ」って言ってくれて 東京のコンクールに出したら
賞をもらったそうです。

「どんな写真でも自分が楽しんで撮った写真は 必ず輝いている」

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なにか面白い事をと考えて「ゴミになったら」でこの一枚。
息子さんがネットに載せたら 世界中から 「年寄りを粗末にしている」と非難が。

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ゆっくり写真を撮りたいので
自宅の部屋に アトリエを作りました。
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こんなきれいな写真どんな風に撮るんだろう?
撮影風景を 喜美子さんの後ろで 見ていたいです!!

「上手に撮るとか きれいに撮るより 
面白く撮る だからいつまでも上達しません。」喜美子さんの言葉です。

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いわさきちひろ

=いわさきちひろ こどもへの愛に生きて=
松本猛著(ちひろさんの息子さんです) 2017年10月第一刷発行

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ちひろさんのお母様の文江さんは四人姉妹ですが
全員女学校に入っています。
家が貧しかったそうですが明治時代から大正時代です。
女には学問がいらないと世間で言われていました。
(ご両親の学問に対する意識が高かったのでしょうね)

文江さんは学校の先生になります。
そんな両親に、ちひろさんは育てられますが 
長女であるちひろさんの「結婚」は親が決めます。

最初の結婚は、三男である人が婿養子に入りましたが
「生理的に受け付けない」ほど 嫌いで(誠実な善い方だったんですが)
旦那様になった方は 遊郭に通うようになり 性病をうつされ
その後、家で首つり自殺します。
遺書には「岩崎家の墓に入れて欲しい」と書いていました。
(二年間の結婚生活でした)

女学生の頃から絵を習っていましたが その後戦争が起きて
松本の母の実家へ疎開 
昭和21年27歳のちひろは日本共産党へ入ります。
(宮沢賢治の本に影響され 平和を願う気持ちとの共通点を感じて・・・)

自立したいために 両親には内緒で東京へ出ます。
下の写真は 「人民新聞」1946年7月25日の戦争孤児ルポ
挿絵やカット・記事も書いています。

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昭和25年二度目の結婚 ちひろ31歳 松本義明23歳
義明氏は弁護士になるために勉強しますが
その時期に猛さんが誕生、絵で生活を支えるために
生後ひと月半の赤ちゃんを 延べ半年間、両親に預けます。

この時に母乳が張って近所の赤ちゃんへ飲ませますが
その子が俳優の三宅裕司さんは有名な話です。

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どんなに忙しくても「ヒゲタ醤油」からの仕事は晩年まで断らなかった
この宣伝の絵で ちひろさんの絵が日本中に有名になり仕事が増えました。

夫の義明氏は弁護士になり 松川事件や労働争議の弁護もするようになり
共産党員の二人には「警察の尾行」がつくようになります。
(レットパージ・共産主義者追放 始まりは昭和25年頃から)

孤児院育ちの「亀井よし子」さんが住み込みのお手伝いさんに入りました。
ある日彼女が誘拐されると云う事件が起こります。

事件の後、胃痛を訴え 彼女が育った孤児院の付属病院に入院させますが
二週間余りで 心臓麻痺で死亡 解剖されることなく火葬されます。
不信を抱いた義明氏は、カルテに二日間の空白を見つけます。
その時に彼女を育てた保母に話を聞こうとしますが・・・行方不明になり
後にカルテを精査した医師は 薬物投与による可能性がある・・・・・と。

その医師も 送別会で酒を飲み、
建物の屋上(施錠していた)から転落 即死だったそうです。
米軍占領が終了して二年経っても 
解明されない奇怪な事件はいくつも起こっていたそうです。

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ちひろさんの絵のイメージからは 想像できない物語でした。

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布の記憶

=布の記憶= 堀切辰一著 2003年2月発行
この本は田辺聖子さんのエッセイで知りました。
北九州市立歴史博物館に「堀切コレクション」として自身が集めた
着物や野良着が約2500点収蔵されています。

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下の写真は「はんてん」です。
野良着・女性用・木綿布・昭和初期・鹿児島県

本の中では堀切さんが、使っていた人から聞いたお話が載っています。
背中の薄くなったところは、子供をおぶって出来た跡で
裾の方のキズは、子供がむずがって背中を蹴っでできたのもです。
農繁期になれば 乳児が泣きわめいても 乳をやる暇さえない暮らしでしょう。

おむつもその都度取り換える暇もなく 排泄したのもを多く吸い込むように
複数の布を重ねて刺し子をして作りました。

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これは綿の入っていない布団です。
昭和初期・九州地方で使われていたものです。

布として使い道がない「ボロ」を何枚も重ねて刺しています。
特別に貧困な家ばかりでなく 戦前の農漁村や都市部の労働者の家では
普通だったそうです。

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寄せ縫い半襦袢 外出用 明治時代 近畿地方
「え~~っ外出用???」だんだん本を見るのが辛くなります。
パッチワークをするのに可愛い布に鋏を入れている場合じゃないです。

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継ぎ当てだらけの腰巻
下着・木綿布・女物・昭和初期・福岡県筑後地方

堀切さんの文章から 
「底辺に生きた人々の暮らしを知りたくて集めたのですが 
今の時代の「心の貧しさ」が全く感じられない。
針目が綺麗で 丁寧に洗濯をして保管されいた。」と。

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この様な木綿の布は、今は織る人がいないので貴重品(高価)です。
私より一回りほど先輩の方が お母様のために「袋物」を作ったそうです。
ところがお母様は喜びませんでした。
「あなた達に使ったおむつを思い出すわ」5人の子供を育て
今生きていれば100歳は超えています。
この本を見て 彼女のお母さまの言葉を思い出しました。
(注:彼女の家は貧乏な家ではありません お父様は大手企業勤務でした
この時代の人は物を大切に、最後まで使ったのでしょう)

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それからはスープのことばかり考えて暮らした

=それからはスープのことばかり考えて暮らした=
吉田篤弘著 2006年初版発行
長い題名なので「エッセイ」か?と思って借りたら 小説でした。
             (この子の名前はサニーちゃんです!)
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大里くん、只今失業中です。
学生時代によく通った映画館「月舟シネマ」の近くに引っ越したいと
思っていましたが・・・彼の強いこだわりがあって
「路面電車でガタゴト揺られながら」 映画館に行きたいのです。
このアパートの窓から隣の教会の十字架が見えるのも
住む決め手になりました。
大家さんに「大里(オーリ)です」と挨拶したら「あら、オーリィ君ね」となって
以下オーリィ君と呼ばれています。
(文中に挿絵が載っています。窓の外に教会の十字架が見えますか?)

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この街に越してきた頃、道行く人が「茶色の袋に白いインクで3」と書いた
紙袋を抱えながら歩いている姿を見て不思議に思います。

それは「サンドイッチ屋」さんの袋でした。
そこは作り置きをしないお店で、お客の注文を聞いてから
パンを切りハムやキュウリもそこでカットされて その手際の良さが
「映画のシーンを見ているように」感じました。

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月舟シネマに今回かかっている映画は
「豆腐と喇叭(ラッパ)」昭和26年の作品です。
この映画、この5年間で25回も観て 今日は26回目です。
ちょっとしか出ていない女優の「松原あおい」さんに一目惚れ。

先客はただ一人 濃い緑色のベレー帽を被った お婆さんでした。
前にもどこかの映画館で見かけました。
オーリィ君がポップコーンを食べ始めたら そのお婆さんも
「いい匂いのスープ」を飲んでいます。

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サンドイッチ屋さんに何度も通っているうちに 
このお店で働くことになりますが・・・・。
サンドイッチのサイドメニューにスープを出すことになり
オーリィ君がレシピ本の通り ひたすら試作を重ねます。
この本のタイトルですね!!!

物語の登場人物はサンドイッチ屋さんの息子リツ君(小学校4年生)
その友達 転校生の森田君(この子がベレー帽のお婆さんの孫)で
心優しい人達の物語が満載です。
最後に「名なしのスープのつくり方」が載っていますが
25ものポイントが・・・どれもスープと関係ない気がしますが・・・。
 
               (サンドイッチ屋さんのドアです)
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