はこだて散歩日和(パッチワーク日和)

東北旅⑤水族館(久慈市)


種差海岸から左手に太平洋を見ながら南下します。
ここは久慈市の国家石油備蓄基地にある「もぐらんぴあ」と云う
地下水族館です。
2016年4月23日震災後五年後、再建しました。
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規模は小さいですが展示の仕方にも工夫があって見て楽しい水族館でした。
(再建にはさかなクンが大きく関わっているようです。)
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=チンアナゴ=
体を半分砂の中に入れているアナゴのなかまです。
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全国から応援のお魚が来ています。
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千葉県館山から「ヒトヅラハリセンボン」
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ここに来た一番の理由は
震災を生き抜いた「カメ吉」に会うためです。
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うっすらと見えています。
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展望台から見た「久慈湾」です。
震災の爪痕が全く分かりませんでした。
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この後はNHK朝ドラ「あまちゃん」で有名になった”まめぶ”を食べに
久慈市内へと向かいます。

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東北旅④種差海岸

三沢市から海岸線を南下します。
二年前に「八戸市」に泊まりました。
お魚が美味しくて 「いさばのかっちゃ」が居る市場にも行きました。
(”いさばのかっちゃ”とは市場で働くお母さんという意味です)
美味しいものと地酒があると 私の中では とっても良い町になります。
その時は十和田市に向かいましたので
今回紹介の「種差(たねさ)海岸」には行きませんでした。
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リアス式海岸のスタート地点です。
テレビで行った場所が放送されると嬉しいものですが
近くまで行ったのに、行かなかった種差海岸「何度も放送されると」
とても残念な気持ちになります。そんな訳で行きました。

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松林と天然芝の、この下は断崖絶壁のリアス式海岸です。

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朝の早い時間でしたが 観光バスが到着してご覧の通りです。

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この先を「だぁ~~」っと走って行ったら 崖から海に落ちます。
高さがあるので助かりません、気を付けましょうね。
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東北旅③ホテルの朝食(三沢)

一日目は三沢市の「ホテル トラストイン」に泊まりました。
今の時代は、口コミサイトがあって、選ぶのに参考になります。
夕食は地元のお魚と地酒にしたいので
繁華街の中にあるホテルにしました。

ホテルの朝食「みさ和朝御膳」
焼き魚は鯖が出ました。卵は三沢市東北アーム「味乙女の温泉卵」
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食べ終わってから気が付いてしまいました。
御飯が「青天の霹靂」でした。なんか固いご飯だねーと思いながら・・・。
青森県では今まで特Aランクのお米がなかったそうです。
テレビでも放送していたので、いつか食べてみたいと思っていました。
このお米の宣伝文句が「どんなおかずにもピッタリ」と書いています。

これにツッコミを入れたいのですが、
おかずに合わないお米ってどんなお米ですかねぇ~?

部屋も広いし、ホテルのお風呂ってトイレと一体になっていますが
家庭のお風呂と同じでした(浴槽と洗い場が別)。
これがアズマシイのです。
(注:アズマシイについて北海道の方言で、
落ち着く・心地よい・気持ちがよい・ゆったりとしている、の意味があります)

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話が前後しますが、チェックインをした時に 和食のお店を尋ねましたら
「和がや」を紹介してもらいました。さらに1000円の割引券まで貰いました。
このお刺身の盛り合わせをご覧ください。このボリュームで2100円です。
この新鮮な魚介類 三沢に来てよかった~好感度アップ!!

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焼き鳥の盛り合わせも・・・。
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お店お勧めの地酒は「八仙」。美味しいのでわが家へのお土産にしました。
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三沢市は米軍基地の街でもあります。
そこでこのお店に行きました。
アメリカらしい大袋のお菓子やビール・ハム・ソーセージ
さらにアメリカの雑貨のお店もあって楽しめました。
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記念にクッキーが入っている「缶」を購入。
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この缶を見るたびに三沢市を思い出す事でしょう。

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東北旅②斗南藩(青森)

道の駅みさわには「先人記念館」があります。
青森県は津軽藩と南部藩しかないと思っていましたが、
斗南(となみ)藩は初めて聞きます。
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明治維新の際、新政府軍に敗れた会津藩は御家断絶となりましたが
後に再興が許され、斗南藩として下北地方と二戸・三戸郡を与えられました。
明治4年には「廃藩置県」により、各藩が統合されて「青森県」になります。
(斗南藩としては1年7か月しか存在しません)

与えられた領地は、
土地は火山灰土で、夏は「やませ」と云う冷たい季節風が吹くため
米作には不適な土地でした。
旧会津藩士達の生活は貧困を極めました。
これを救うため廣澤安任(ひろさわやすとう)が、
日本初の民間西洋牧場を作りました。
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この機械は 「ポットムプラウ」土を耕す機械です。
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その当時の様子を絵にしていました。
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廣澤安任は会津若松の武家の二男として生まれます。
会津藩校の「日新館」で学び その才覚を認められ江戸の「昌平校」に学び
1962年には、ロシアとの国際談判の命を受けて、函館にも来ています。

この頃函館で貿易商をしていたドイツ人ガルトネルの弟が
七飯町で西洋農場をしていて 安任も視察に来ていたと
説明をしてくれた学芸員の若いお兄さんが教えてくれました。
(ここで七飯町が出てくるなんて嬉しいです!!)
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安任の牧場跡に 道の駅みさわと先人記念館を作りました。
最初の写真の建物の外観は 家畜のえさを備蓄する「サイロ」をイメージしました。
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明治9年、明治天皇東北御巡幸の折 随行した大久保利通は、安任の家を訪ね
中央政界への入閣を勧めますが「野にあって国家に尽くす」と
一介の牧夫として北の地の開拓に尽くすと断りました。

(補足:牛乳・乳製品・お肉は当時の日本人の体力向上には 良い栄養価があると
安任は信じていました。国民の体力向上は国力向上につながるとの心情です。
後に東京に第二牧場を開設しますが、販路拡大のために東京に出たそうです)

その後、養子の辨二(べんじ)に牧場を任せ 東京新宿に第二牧場を開設
牛乳の販売をしていましたが インフルエンザにかかり62歳の
生涯を閉じました。

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東北旅①尻屋崎(青森)

夫が当選した「津軽海峡フェリーの往復チケット」車と大人二人は
期限があり早速東北旅に出ました。
写真はフェリー内部です。行きは大間へ90分の船旅です。
御覧の通り「大間行き」の紙を車につけます。
この日は波が高くて船も揺れ 大間側から函館市の風景を写す予定でしたが
曇っていて見えませんでした。函館市と大間は14キロ位しか離れていません。
大間の住民は「通院」や「買い物」でこのフェリーを利用しています。
青森市に行くより近いのです。

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大間のフェリーターミナルには、大間マグロのオブジェがあり
沢山の人たちがこの前で記念写真を撮っていました。
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これが大間崎にある「本州最北端の地」の碑です。
周りは 大間マグロを食べさせる食堂が20~30件ありましたが
マグロ丼の値段が高いです(私には・・・)。

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こっちは「尻屋崎」です。
下に地図の写真を付けましたので見て下さい。

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ここに行きたかったのは 「逃北」 能町みね子著の本を読んだからです。
この本の中で 能町さんが大学卒業後会社勤めをしますが
会社に行くのが嫌でしょうがない日々を送っていました。
(会社の雰囲気が悪いのではなく 勤めること自体が自分に合わないと思っていた)

その頃に尻屋崎に行きます。
突き抜ける青い空・強い日差しと、湿気のないさわやかな空気。
広い芝生には 寒立馬がのんびりと草を食べています。
この日の風景を見て何となく会社を辞める事を心に決めてしまいます。

能町みね子の文章に誘われて どんな風景か見たくなりました。
私は北海道の最果ての地を沢山見ていますので 
能町さんほど感動はしませんでしたが、
彼女の心がよっぽど疲れていたのだと思いました。

2006年イラストエッセイ「オカマだけどOLやっています。」でデビュー。
時々NHK Eテレにも出演しています。

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本の中 緑のふせんのところが尻屋崎です。
イラストも能町みね子さんです。
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