はこだて散歩日和(パッチワーク日和)

2011年度版エッセイ集から

12月3日の 2011年度版エッセイ集からの続きです。
もう5年も前の話になりますが ニュースで聞いた時にはとても驚きました。

=サムライの遺産= 氏家幹人(うじいえみきひと)歴史学者
KIMG0117[1]

死んでいるのに死亡届を出さず、遺族が何年も年金を受け取っていた事実が
全国で相次いで発覚した。多くの国民は 遺族の破廉恥さに 唖然とした。

ところでこの国は昔はそれほどご立派だったのか?
歴史学者の氏家さんは調べます。

天保九年(1838年)生まれの 旗本の長男として生まれた 
大谷木醇堂(おおやぎじゅんどう)が
明治の半ばに著した『醇堂叢稿』の中でこう述べています。
”幕臣の中には、将軍の御恩をむさぼるように、家の当主が死亡しても
その死を隠し、病気療養中と偽って、従来通り棒給を頂戴し続けた者がいた”

その期間は通常一年以内だが 三年、五年に及ぶ者もいた。
問題はこのような行為が ほどんとの幕臣が当然のように行っていた事です。
KIMG0109[1]
(素敵な布はハサミを入れるのが忍びなくて額に入れて飾っています)

どうしてこれが慣例化したのか?
幕府が見て見ぬふりをしたからです。
”武士の情”  ”武士は相見互い”という 互助精神の表れともいえます。
年金受け取りも この国の”麗しき”伝統の一つかもしれない。ああ、サムライ日本。

歴史学者の皮肉ですが 教養高く読んだ次第です。
このエッセイ集 51篇の 読み応えある短編小説でした。
KIMG0110[1]
(配色 この後は どうしようか?居間に飾り 天からのインスピレーションを待っています)
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コメントコメント


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幕末に行くに従って、少しずつ運用が緩んでいったのかもしれません。なにせ年金も何もない時代ですから、後継ぎが育っていなかったり、嫁していなかった場合には、すぐさま、生活の困窮する事態も出来したことでしょう。
お互い様の状況があったのでしょう。

AzTak | URL | 2016/12/09 (Fri) 07:30 [編集]


幕臣さん、家計が相当苦しかったのでしょうか。何が正しいのか、時代によって違うのかもしれませんね。

配色のインスピレーション、ええ、そのうち天から降ってきますとも!

きたあかり | URL | 2016/12/09 (Fri) 09:56 [編集]


Re: タイトルなし

AzTakさんコメントを有難うございます。
そうですよね~~~年金がない時代ですからね。
昔と今の時代が似ている事をしているのを
知って勉強になりました。

tugumi365 | URL | 2016/12/09 (Fri) 16:20 [編集]


Re: タイトルなし

きたあかりさんこんばんは!
何が正しいのか?きたあかりさんのおっしゃる通りです。
幕臣さんは良いとして 下々の庶民は死ぬしかない選択ですよねぇ~~~。
天からのインスピレーションを期待しています。降ってきたら報告します(笑)。

tugumi365 | URL | 2016/12/09 (Fri) 16:24 [編集]


そんな時代から、そういうことがあったのですか。
ウーム、ウーム!
幕府の運営も大変だったでしょうが
曖昧に見て見ぬふり・・でグレーゾーンで
運営する。
昔からあったのですね。
ビックリ。

配色、天からのお告げはありましたか。

森須もりん | URL | 2016/12/09 (Fri) 22:29 [編集]


Re: タイトルなし

もりんさんお早うございます!

> そんな時代から、そういうことがあったのですか。
私も驚いています。グレーゾーンですよね~~。
現代の政治の”利権”のようですね。。

> 配色、天からのお告げはありましたか。
まだお告げが・・・ 降りてきません(笑)。

tugumi365 | URL | 2016/12/10 (Sat) 07:53 [編集]