はこだて散歩日和(パッチワーク日和)

コポロ

函館の独特な建物 『和洋折衷住宅』です。
江戸末期横浜・長崎と共に開港した函館に外国人が住み始めます。
 
函館の建築職人たちは 外国人の指導のもと 
経験のない教会や領事館の洋風建築を学びます。

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下は和風 上は洋風ですが 二階の内部は畳敷きの和室です。
こちらは函館物産コポロです。
二階には 北海道アイヌ協会函館支部2010年(平成22年)設立の事務所があります。

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たまたま戸口から アイヌ文様の衣装が見えたのでお邪魔しました。

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こちらの若松さんの奥様が縫ったものです。
市内で教室を主宰しています。

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以下の写真は 店内の様子です。
快く写させて頂きました。

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本日のお土産 だし昆布(函館市尾札部産 真昆布150グラム 700円)
それと”函館アイヌの足あと”の小冊子を頂きました。

函館アイヌ協会を立ち上げた加藤さんの言葉が載っていました。
昭和29年札幌生まれの加藤さんの両親は お母さんがアイヌだったため
父方の祖父に分かり 強引に離婚させられます。
当時は差別が厳しく アイヌの人はひっそりと
アイヌである事を隠して暮らしていたそうです。

2008年(平成20年)国会で『アイヌ民族を日本の先住民族とする』法案が通ります。

そこで函館アイヌ協会を立ち上げる事になるのですが、
それには 5人のアイヌの人の参加が必要で(本当は2名でも良い)
さらに 明治9年に出来た、改製原戸籍(それまではアイヌには戸籍がなかった)の
提出が必要でした。
ところが今でも 身分を隠して暮らしている方が多くて
アイヌの人を 見つけるのが大変だったと書いていたのがとても印象的でした。

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コメントコメント


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2階が洋風、1階が和風の外観でしたかね。そういう写真を撮りまくりたかったのですが、幼い孫を連れて歩いていると、思うに任せず、…。
昔は、かなりの差別があったのでしょうね。別れさせるのはいくらなんでもひどいと思いますが、そういう時代だったということでしょうか。

AzTak | URL | 2015/11/28 (Sat) 07:00 [編集]


Re: タイトルなし

いつもコメントを頂き有難うございます。お子さんを連れての旅行は制限がありますね。長崎方面を旅した時 我が家も小学生の孫二人と行きましたが 孫の好きそうな所を中心に回りました。 後でテレビで見ると ココもアソコも行きたかった所がありました(笑)。アイヌの話は書いていて心が痛みました。お母さんは子供を抱えて苦労した事でしょうね。

tugumi365 | URL | 2015/11/28 (Sat) 14:34 [編集]


悲しい

差別・・・そんな暗い時代があったのですね。。今の感覚では考えられないことと。と、いまもあるのでしょうか。悲しいことです。

きたあかり | URL | 2015/11/28 (Sat) 22:52 [編集]


Re: 悲しい

コメントを有難うございます。今もあるかは 今度機会があったら聞いてみます。本当に悲しい事ですね。

tugumi365 | URL | 2015/11/29 (Sun) 16:48 [編集]


函館の建築屋さんが洋風の建物を建てる、その職人ぶりが素敵です。函館で洋風の建物を見るたびに、日本の大工さんが驚きながら工夫を凝らし、建てたんだろうなあ、素晴らしいことだと思っていました。

アイヌの方への差別、悲しいです。同じ人間なのに、どうしてそう思ってしまうのでしょう。つらいことですが、今後のためにも、目を背けてはいけない、なかったことにしてはいけない、と、強く思います。

きたあかり | URL | 2016/09/02 (Fri) 20:47 [編集]