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はこだて散歩日和(パッチワーク日和)

人生フルーツ

11月中旬から降った雪が 根雪になりました。
寒くて冬眠中のSちゃんを 穴から誘いだして「人生フルーツ」を観てきました。

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風が吹けば、枯葉が落ちる
枯葉が落ちれば、土が肥える
土が肥えれば、果実が実る
こつこつ、ゆっくり

樹木希林さんの穏やかなナレーションが何度も入ります。
 
津端修一さん90歳 英子さん87歳の物語です。
修一さんは日本住宅公団に勤めていた時に
愛知県春日井市 高蔵寺ニュータウン計画を任されます(1960年)。

雑木林を残し 風の通りが良い 自然との共生を目指した団地を計画しました。
ところが経済優先の時代は、それを許しません。
完成したのは 無機質な前面 南を向いた箱でした。

修一さんは言います 
「設計者や施工者はそこには住まない。だから責任を持たない」。
300坪の土地を買い求め 果物の生る木を植え 畑を作ります。

開発で「はげ山」になった 小高い山に ドングリを植える運動をします。
小学校の校長先生を始め 住人たちを巻き込みますが
でも修一さんは 上に立つのが苦手です。
50年が過ぎて 木が大きく育ち 子供たちの遊び場になっていました。

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                    (シネマアイリスは小さな映画館です)

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果物が取れればジャムにしたり 畑のものも手間暇かけて料理します。
その一つ一つが 丁寧な暮らしぶりです。
このお二人の会話を聞いていると、本当に穏やかで
見た後ほんわかと幸せな気持ちになりました。

(函館駅前のイルミネーション点灯 函館山と海をイメージ)
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映画の後「水曜マルシェ」に出かけました。
アメリカンハートさんが買ってきたミニタペストリーは
模様を、ただボンドで付けているだけ アメリカ人の大雑把さを思うそうです。
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一緒に映画を観に行った Sちゃんのハウスのタペストリーが完成
色合いが優しいの・・・・ 彼女にしか出せない雰囲気です。
同じ布を買っても 使い方が魅力的です。

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東北以北最古のエレベーター

私がいつも「水曜マルシェ」に行く建物は
函館市地域交流まちづくりセンター(通称まちセン)と呼ばれ、元は
大正12年(1923年)創業 丸井今井呉服店函館支店として建てられました。
この「丸井デパート」は 昭和44年五稜郭に移転しました。
その後は 市役所の分庁舎などに活用されます。

昭和5年に 最新式エレベーター(オーチス社製)が取り付けられますが
一度、函館大火で焼失・改修され 「東北以北最古のエレベーター」として
今も現役で動いています。

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すべて手動で動かすため 「まちセン」のスタッフにお願いします。

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蛇腹の内側のドアがレトロですね。

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このレバーで 上下・停止させますが
なにせ手動ですので 降りる階の床と同じ高さで止めるのは難しいです。
函館市に建物が移ってからも 
丸井デパートから エレベーターガールが来ていたそうです。

12名乗り 重量は1000キロ
今のエレベーターのように 体重が重い人が乗っても
「ブゥ~~~」とは鳴りません。
これもエレベーターガールが予測して載せますね。

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最上階、5階まで載せて頂きました。

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窓の外の緑色の屋根・・・次の写真をご覧ください。
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正面から見た「まちセン」の素敵な建物です。
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私が子供のころは この十字街が函館で一番賑わっていました。
函館の古くからの人は「丸井さん」と親しみを込めて呼んでいました。

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365日のカレンダー

キルトのパターンが付いた 365日のカレンダーを
アメリカンハートの太野さんが譲ってくれました。
「貴女が持っていてくれたほうが 活用してくれそうで・・・」
有難く頂戴しました。

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たとえば雑誌に素敵な作品が乗っていても 同じような布を用意しないと
イメージが湧きませんが、
このイラストだと自分で配色を想像しながら作れます。

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あまり紫系の布を使いませんが・・・・試しに作ってみました。
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60歳を迎えるにあたり(大袈裟ですね)夫の勧めがあり 
「色彩検定」を独学で勉強。
北海道では札幌市での試験会場しかなくて出掛けました。
受付の方には「受験生の付き添いの方ですか?」って聞かれました(笑)。
大勢の若い学生の方の中に混じって受験しました。
(服飾デザイン関係の人が多かったです)

あれから五年、今でも勉強した事は役に立っています。

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太野さんからアメリカのキルトを買いました。
(ミシンキルトなので お値段は安かったです)
デザインが伸びやかで 配色も自由です。
勉強になります。
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蔦屋書店でランチ

今 函館で一番人が集まるお店が蔦屋書店だと思います。
いつ行っても混んでいます。
                 (画像をお借りしました。以下二枚)
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広さは2500坪 無料の駐車場650台です。
書店・レストラン・スタバ・CD・文具・日用雑貨・イベント等々・・。
コーヒーを飲みながら 売っている本を読むことが出来ます。
探している本が見つからない時は「コンシェルジュ」に相談できます。
私は地図を買いました。
近年 市町村合併で新しい町の名前が分かりません。

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同級生からランチのお誘いがありました。
とても仲良しで、まとまりのあるクラスではなかったと思いますが・・。
でも 「独立独歩」な人が多くて(私もその中の一人だったと思います)、
大人になって会うと話が合うんですね…これが。

店内の二階のレストランでのランチです。

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とっても広くて のんびりと食事が出来ました。
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座った席からの一階の本棚の景色です。
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H子、S子 私の三人。
何年振りかで会うH子が離婚していました。
でも昔通りの、おっとりとした話し方、年を取っても美人さんは変わらず。

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S子は、姑さんからの強い希望で 結婚と同時に義両親と同居。
「娘とけんかしても な~んとなく仲直りできるけど
姑の何気ない一言で それまでの良い関係は一瞬で壊れる」と・・・。

参考にします・・・・私、姑さんの立ち位置ですからねぇ~(笑)。

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私たちの年齢になると、
結婚は幸せの始まりじゃなくて
人生修行の始まりだと、悟りますが

若い日には、気が付きません。

この二人を好きなのは
「困難にぶつかっても投げ出す事なく 乗り越える力と、
過ぎた事に愚痴を言わない」所です。

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大三坂ビルヂング


大三坂(だいさんざか)は、観光ポスターで有名な八幡坂と二十間坂の間にある
とても狭い坂です。
坂の入り口に、地方から奉行所にやって来る人たちのための
郷宿(ごうやど)があり、その家印が 坂の名前の由来になりました。

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今回 紹介する大三坂ビルヂングは
1921年(大正10年)建築 旧・仁壽生命函館支店をリノベーションしました。

この建物を手掛けた「箱バル不動産」は 
代表が34歳 副代表(一級建築士)37歳の方です。
函館の古い建物を、今に蘇えさせています。

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一階はアメリカンスタイルの飲食店とキャンドル専門店
二階はシェアオフィス
小規模の宿泊施設(スモールタウンホステルハコダテ)になっていますが
この写真を撮った時点では まだオープンしていませんでした。

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大三坂ビルヂングを降りた所にある、電車通りに面した建物です。
この建物も大正10年(1921年)の大火の後に建ったコンクリート建築です。

一般の会社(ヱビス商会)の事務所になっています。

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坂の入り口から 電車通りを見たところです。
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布の記憶

=布の記憶= 堀切辰一著 2003年2月発行
この本は田辺聖子さんのエッセイで知りました。
北九州市立歴史博物館に「堀切コレクション」として自身が集めた
着物や野良着が約2500点収蔵されています。

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下の写真は「はんてん」です。
野良着・女性用・木綿布・昭和初期・鹿児島県

本の中では堀切さんが、使っていた人から聞いたお話が載っています。
背中の薄くなったところは、子供をおぶって出来た跡で
裾の方のキズは、子供がむずがって背中を蹴っでできたのもです。
農繁期になれば 乳児が泣きわめいても 乳をやる暇さえない暮らしでしょう。

おむつもその都度取り換える暇もなく 排泄したのもを多く吸い込むように
複数の布を重ねて刺し子をして作りました。

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これは綿の入っていない布団です。
昭和初期・九州地方で使われていたものです。

布として使い道がない「ボロ」を何枚も重ねて刺しています。
特別に貧困な家ばかりでなく 戦前の農漁村や都市部の労働者の家では
普通だったそうです。

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寄せ縫い半襦袢 外出用 明治時代 近畿地方
「え~~っ外出用???」だんだん本を見るのが辛くなります。
パッチワークをするのに可愛い布に鋏を入れている場合じゃないです。

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継ぎ当てだらけの腰巻
下着・木綿布・女物・昭和初期・福岡県筑後地方

堀切さんの文章から 
「底辺に生きた人々の暮らしを知りたくて集めたのですが 
今の時代の「心の貧しさ」が全く感じられない。
針目が綺麗で 丁寧に洗濯をして保管されいた。」と。

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この様な木綿の布は、今は織る人がいないので貴重品(高価)です。
私より一回りほど先輩の方が お母様のために「袋物」を作ったそうです。
ところがお母様は喜びませんでした。
「あなた達に使ったおむつを思い出すわ」5人の子供を育て
今生きていれば100歳は超えています。
この本を見て 彼女のお母さまの言葉を思い出しました。
(注:彼女の家は貧乏な家ではありません お父様は大手企業勤務でした
この時代の人は物を大切に、最後まで使ったのでしょう)

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