はこだて散歩日和(パッチワーク日和)

色街遺産を歩く

=色街遺産を歩く=  八木澤高明著 2017年1月初版発行

                (左 グリーンのコート姿 マリアちゃん)
CIMG3851.jpg

本を読んでいると 知らなかった事が分かり 勉強になりますが・・・・・
知らなかったでは「済まされない」女の歴史を。

著者の八木澤さんは2000年頃から 
全国の色街があったところを訪ね歩いています。
北は北海道「すすきの遊郭」 函館「大森遊郭」南は沖縄まで。
日本の歴史を振り返ると「万葉集」に 
遊行女婦(うかれめ)が娼婦として書かれています。

この本の中では42か所が記載されていますが
その中の一つ「吉原遊郭」(東京都台東区千束)を紹介しましょう。
ここの歴史は400年。当時の遺構はわずかに残る石段だけです。

吉原の遊女は「女衒(ぜげん)」によって買い取られてきました。
親に支払われる金額は 五両から十両(一両は10万円ほど)
18歳で水揚げされ「遊女」になります。約十年で年季明けとなります。

当時は梅毒にかかり働けなくなった遊女は 満足な食事を与えられることなく
妓楼の地下の部屋に押し込められて 死んだ遊女たちはむしろに巻かれて
当時の投げ込み寺の「三ノ輪・浄閑寺」に運ばれました。

遊女たちの年齢は 二十歳そこそこで その数は二万数千体だそうです。
運よく年季を迎えても 帰る故郷もなく また娼婦をするしかありません。

CIMG3865.jpg

終戦後は米兵の乱交に悩まされ 
(沖縄だけではなく)基地のそばに色街が作られました。
昭和33年(1958年)に売春防止法が出来ましたが
以降 小料理屋の看板を隠れ蓑にして 函館市大森町でも
売春は続いていたそうです。
(読後やりきれない思いでいっぱいでした)

PageTop

ランチ酒

=ランチ酒=  原田ひ香著 2017年11月初版発行

「ねぇ~リカちゃん毎日寒いよねぇ~~」
「そうねぇ~~さくらちゃん もう少しの辛抱だねぇ~~」
                  (赤いコート姿はリカちゃん)
CIMG3850.jpg

この題に惹かれて読みました!!
離婚して娘は夫と両親に育てられた方が 娘のためと思い
一人で生きてゆく 犬森祥子
昔からの男友達の 亀山が営む「中野お助け本舗」で
見守り屋の仕事に就きます。

営業時間は夜から朝まで
訳アリの客からの依頼が入ると 人やペットなど 寝ずの番で見守ります。

仕事を終えた後の ランチと酒が彼女の心を癒します。
(本当は置いてきた娘を思うと 酔っぱらって寝てしまいたいのです)

この本に出て来るお店は「実在する」お店です。
女性版「孤独のグルメ」です。

                    (キルトが終わったパターンを紹介)
CIMG3867.jpg

全部で16のお話が載っています。
依頼者の人生模様を織り込みながらも・・・・・。 
祥子さんの娘「明里」小学校2年生との月に一回の面会日 
事前に食べたい食事の要望も、元夫に聞きます。

”唐揚げ”の要望で美味しいお店に連れて行きますが
「これ おいしくない」との明里でした。

祥子さんは思い出しました。幼稚園の時に作っていた「唐揚げ」
市販の大手メーカーのから揚げ粉だったと。
お弁当を作り 元住んでした家の前で 元旦那を待って渡しました。

CIMG3856.jpg

この本に登場する人たちは みんな一生懸命に生きている人たちで
共鳴できる人がたくさん出てきます。

原田ひ香さんの筆に掛かると「心温まる物語」になります。
お勧めの一冊です!!

PageTop

おみやげのデザイン

とっても私好みの本です。
お土産にするときには 味はもちろんですが 
「包装」も大切なポイントだと思います。

この本の中には 日本中の お菓子・ジャム・加工品・飲料など
156の商品が写真付きで紹介しています。

CIMG3766.jpg

「明がらす」こちらは岩手県遠野市のまつだ松林堂のものです。
旅行で大館市で違うお菓子屋さんの「明がらす」を買い求めました。
このお菓子のクルミの切り口が
「明け方の空を飛ぶ八咫烏(やたがらす)に見えるそうで」
この名前が付いたそうです。
私の記憶の中では「やたら甘い」記憶しかありませんが
本の中で見つけて嬉しかったです。

CIMG3767.jpg

函館から車で2時間ほど 日本海側にある「江差町」の
五勝手屋の丸缶羊かんは 下から押し出して 付いている糸で切って食べます。
手が汚れないように工夫しました。
甘さ控えめで この「羊かん」私は好きです。
昔から変わらない「レトロ」なパッケージです。

CIMG3776.jpg

小豆島の手延べそうめん ゆで方の説明付きです。
ユーモアセンスのあるイラストですね。

CIMG3774.jpg

こんな可愛い筒に入っていると「そうめん」もよそ行きの表情。

CIMG3775.jpg

金沢のかわいい ふ (おかざり2ケ入り)
さすが金沢 こんなに可愛いと「お土産」にしたくなります。
CIMG3773.jpg

この本の中で 私の一番人気は
熱海の 熱海プリン(シロップ付き) この箱の形が宅配の牛乳箱です。
レトロさが おしゃれに見えます。

CIMG3783.jpg

静岡県菊川市  松丸製茶(株) のお茶請け菓子「あん丸」
四角い箱の中には 
一口サイズに丸めた四色のこし餡をすり蜜でコーティングしたものが
「五粒」入っています。

CIMG3781.jpg

CIMG3782.jpg

静岡県沼津市 (有)ペルル MARAIS(2オクターブ)
プレーンとショコラの フィナンシェをピアノのパッケージに・・・・。
箱を開けた時の感動が聞こえてきそうです。

CIMG3784.jpg

三重県桑名市(株)山盛堂本舗
あられ・おせんべいのパッケージには見えません。
ポップなデザイン 書かれている絵を見ながら食べたいです。

この本に紹介している全ての商品ではありませんが
通販やインターネットで買うことができます。

CIMG3786.jpg


最後はお嫁さんからの「札幌土産」
株)アニバーサリーの マドレーヌです。
栗は丸ごと一個入り オレンジは皮も入っていて
とっても美味しかったです。

CIMG3739.jpg

CIMG3740.jpg

大丸札幌店でも売っています。
それぞれのイラストが可愛いので 捨てるのが勿体なくて
本の「栞」にしています。

CIMG3741.jpg

PageTop

ひとりじゃなかよ

=ひとりじゃなかよ=   西本喜美子著 2016年7月第1刷発行

CIMG3731.jpg

NHK Eテレ 賀来千香子さん司会の あしたも晴れ 人生レシピで
この方を紹介していました。

みかんの干からびた皮を
「私の宝物。形がきれいで すごく好き」と言っていました。

その言葉に興味をもって 本を借りました。
72歳で初めてカメラを持ちます。
74歳でパソコンを購入 ホームページを自作するまでに・・・・。
今89歳です。
この様な元気で前向きな人生の先輩を拝見すると嬉しいものです。

CIMG3730.jpg

この玉ねぎの写真を 地元のコンクールに出したら
「こんなのは写真じゃない」って・・・・・。
でも先生が「いい写真だ」って言ってくれて 東京のコンクールに出したら
賞をもらったそうです。

「どんな写真でも自分が楽しんで撮った写真は 必ず輝いている」

CIMG3725.jpg

なにか面白い事をと考えて「ゴミになったら」でこの一枚。
息子さんがネットに載せたら 世界中から 「年寄りを粗末にしている」と非難が。

CIMG3726.jpg

CIMG3727.jpg

ゆっくり写真を撮りたいので
自宅の部屋に アトリエを作りました。
CIMG3729.jpg

こんなきれいな写真どんな風に撮るんだろう?
撮影風景を 喜美子さんの後ろで 見ていたいです!!

「上手に撮るとか きれいに撮るより 
面白く撮る だからいつまでも上達しません。」喜美子さんの言葉です。

CIMG3728.jpg

PageTop

いわさきちひろ

=いわさきちひろ こどもへの愛に生きて=
松本猛著(ちひろさんの息子さんです) 2017年10月第一刷発行

CIMG3568.jpg

ちひろさんのお母様の文江さんは四人姉妹ですが
全員女学校に入っています。
家が貧しかったそうですが明治時代から大正時代です。
女には学問がいらないと世間で言われていました。
(ご両親の学問に対する意識が高かったのでしょうね)

文江さんは学校の先生になります。
そんな両親に、ちひろさんは育てられますが 
長女であるちひろさんの「結婚」は親が決めます。

最初の結婚は、三男である人が婿養子に入りましたが
「生理的に受け付けない」ほど 嫌いで(誠実な善い方だったんですが)
旦那様になった方は 遊郭に通うようになり 性病をうつされ
その後、家で首つり自殺します。
遺書には「岩崎家の墓に入れて欲しい」と書いていました。
(二年間の結婚生活でした)

女学生の頃から絵を習っていましたが その後戦争が起きて
松本の母の実家へ疎開 
昭和21年27歳のちひろは日本共産党へ入ります。
(宮沢賢治の本に影響され 平和を願う気持ちとの共通点を感じて・・・)

自立したいために 両親には内緒で東京へ出ます。
下の写真は 「人民新聞」1946年7月25日の戦争孤児ルポ
挿絵やカット・記事も書いています。

CIMG3573.jpg

昭和25年二度目の結婚 ちひろ31歳 松本義明23歳
義明氏は弁護士になるために勉強しますが
その時期に猛さんが誕生、絵で生活を支えるために
生後ひと月半の赤ちゃんを 延べ半年間、両親に預けます。

この時に母乳が張って近所の赤ちゃんへ飲ませますが
その子が俳優の三宅裕司さんは有名な話です。

CIMG3575.jpg

どんなに忙しくても「ヒゲタ醤油」からの仕事は晩年まで断らなかった
この宣伝の絵で ちひろさんの絵が日本中に有名になり仕事が増えました。

夫の義明氏は弁護士になり 松川事件や労働争議の弁護もするようになり
共産党員の二人には「警察の尾行」がつくようになります。
(レットパージ・共産主義者追放 始まりは昭和25年頃から)

孤児院育ちの「亀井よし子」さんが住み込みのお手伝いさんに入りました。
ある日彼女が誘拐されると云う事件が起こります。

事件の後、胃痛を訴え 彼女が育った孤児院の付属病院に入院させますが
二週間余りで 心臓麻痺で死亡 解剖されることなく火葬されます。
不信を抱いた義明氏は、カルテに二日間の空白を見つけます。
その時に彼女を育てた保母に話を聞こうとしますが・・・行方不明になり
後にカルテを精査した医師は 薬物投与による可能性がある・・・・・と。

その医師も 送別会で酒を飲み、
建物の屋上(施錠していた)から転落 即死だったそうです。
米軍占領が終了して二年経っても 
解明されない奇怪な事件はいくつも起こっていたそうです。

CIMG3572.jpg
ちひろさんの絵のイメージからは 想像できない物語でした。

PageTop